ハーレーダビッドソンミュージアム #127

この辺も展示プレート撮っておけば少しは展示目的語れたのかもしれませんが、残念ながら撮っておらず。

ロッカーの走行試験車です。
いろいろデータをとって後部のボックスにためるようですが・・・

仕様書とモックサンプル。
ミッションケースは左は光造形かと思われます。

ミッション

以前紹介したV-RODのクレイモデルの開発風景。
徐々に姿が決まっていくのがわかります。

ロッカーカバーのメッキ行程。
たぶんメッキは3工程で下のみっつはポリッシュとかでしょうか。

ハーレーダビッドソンミュージアム #126

ロッカーのプロト品です。

前半分は既存品の流用、フレームの後ろ半分とスイングアーム、フェンダーが試作部分です。
設計のマーク・フィッシャーの説明によると、
「225か250幅とか、結局10個くらいハードプロトを作ったんだ。
その結果この構造でも耐久性を持たす事ができたんだ」

ハーレーダビッドソンミュージアム #125

ビューエル XB のプロトタイプです。

“RUNNING” と銘打っていますので実走可能なプロトタイプです。
ハーレーから投げ捨てられてしまったビューエルですが、
『「こんなバイクを作ろうぜ」という発想では始まらない、「この顧客は何を感じたいんだ」と言う長い思索の結果、ようやくどうやって我々が達成できるかが見えてくるんだ』
ビューエルの設計思想はHDJにカタログ請求をするともらえるペガサスの翼という漫画を読むと良くわかります。

ハーレーダビッドソンミュージアム #124

V-ROD のクレイ(粘土)のモックです。

昨今IT技術の発達により3D CADなどでも立体イメージはつかめるようになりましたが、やはりクレイのモックは必要とされているそうです。

実際に視点を変えて見る、眺め回す、触る、肉盛りする、削る、などなど。

このクレイモデルは1996年に作られ、何度も手を加えられたそうです。

ハーレーダビッドソンミュージアム #123

ソフテイルのプロトタイプです。プロトタイプの中でも比較的初期のモデルです。

エンジンはショベ、ミッションは四速キック付きです。
写真拡大してよく見るとわかりますが、ショックはシート真下にあります。
英車のビンセントと似たようなレイアウト。
フェンダーストラットはストレートでなく、リアフェンダーのRに沿った弧を描いています。
こうするとフェンダーストラットを黒に塗ればフラットフェンダー風になりますね。

展示プレートにはデザイナーのビル・ディビスが1972年モデルのスーパーグライドをベースに作ったカスタムをウィリーGに見せたくだりが書いてありますが、もう少し詳しいところは別から引用して後日アップします。

ハーレーダビッドソンミュージアム #122

1995 MT-500 SOHC SINGLE

最も最近のHDのミリタリーモデルです。
実のところ、デザインと生産は英国はアームストロング社によるもの。
もともと英国軍用に作られたもので、1982年のフォークランド紛争の時に実働していました。
かつての二次大戦時に作られたHDのミリタリーモデルと同様に、泥地、砂地を颯爽と駆け抜けていました。
1986年にアームストロング社はHD社に買収され、MT-500は主にカナダ軍向けに供給されていました。

ハーレーダビッドソンミュージアム #119

1973 XL-1000 SPORTSTER OHV V-TWIN

HD社が買収されてから数年後、AMFは組立工場をペンシルバニア州のヨーク市に移転します。
ヨーク工場では1972年モデルのスポーツスター用のフレーム製作から開始したところだったのですが、この決定を経て、操業開始の翌年には全てのモデルの組立工場となりました。
ヨーク工場には最新の生産技術が投入されましたが、多くのファンや従業員たちはHDの故郷のミルウォーキーからの移転に対して否定的・悲観的意見を持つ人が多かったそうです。
今となっては撤回されこそしましたが、逆にヨーク工場が閉鎖の憂き目に会うところまで行きましたし、「最新の生産技術」の賜物がAMFハーレーの品質の悪さ、と言うのは因果なものを感じてしまいます。

ちなみにこの展示車両はかつての創業家社長のジョン・A・ダビッドソンの所有だったそうです。
この車両はヨーク工場ではなく、Jeneau Ave, すなわちミルウォーキー工場で最後に生産されたものです。
と言うくだりも、今のビューエルと重なってしまいます。
車両の特徴は初のフロント「油圧」ドラム、一体化スピード・タコメーター、マットブラック塗装プライマリーケース、です。