ハーレーダビッドソンミュージアム #053

1942 XS WITH SIDECAR OPPOSED TWIN

二次対戦中、北アフリカや他地域での砂漠戦に備えて米軍はXSの開発を依頼した。
持ち前のパワーとトラクションで砂地での走行を可能とし、砂と猛烈な寒暖差にも耐えられるような装備をしています。
米軍がオーダーをキャンセルする前にHD社は3台のプロトタイプXSを生産しました。
米軍は四駆のジープを砂漠戦に採用することに決めたためです。
この展示のXSは3台の中から唯一現存する一台です。

ちなみに同じ水平対抗で以前紹介したのはXSではなくXAで、これは量産ベースで生産されていたようです。

両車比べるとXSのタイヤのほうがゴッツイです。

XAは完車状態ではありませんが、最近のe-bayにも出品されており、8000ドルで落札されていました。

http://cgi.ebay.com/ebaymotors/Rare-1942-XA-Harley-Davidson-Military-Shaft-Drive_W0QQitemZ270463127231QQcmdZViewItemQQptZUS_motorcycles?hash=item3ef8dbcebf

(2009/10/11現在:リンク切れていたらゴメン。画像はきっちりコピらせていただきました)

ハーレーダビッドソンミュージアム #052

1942 WLA SIDE VALVE V-TWIN

この辺は昔Goggle誌の船場の広告みてゾクゾク感じていたモデルです。
ある意味ひとつの完成形でしょうね。

民間用のWLに対してアーミーモデルとしてWLAがリリースされています。
前輪には銃が装備されていますが、そもそもWLAは戦闘用ではなく移動・輸送用として配備されていましたので、銃もあくまでも護身用です。
HD社はおよそ六万台のWLAを生産し、1/3はロシア軍に供給されました。

(って言うことはロシアを探せばWLAが手に入るかも?)

HD社はその貢献に対し”E賞”(原文は E Award です。どのくらいすごいのかは不明) を 1943, 44, 45 年の三年連続、米軍から授与しています。

ハーレーダビッドソンミュージアム #051

1936 VLH POLICE SIDE-VALVE V-TWIN

1936年はナックルヘッドをリリースした記念すべき年だったが、HD社はこの新モデルが本当に売れるかどうか、自信が無く、フラットヘッドパワーエンジンの生産は継続していた。
※別でも紹介していますが、サイドバルブエンジンの耐久性に定評があったため各警察組織が好んだ、と言うのと、ナックルは販売当初赤字製品だったので積極的に売り込みをしなかった、と言う話もあります。

このモデルにはハイウェイパトロールのために以下のアクセサリが特別装備されていました。

・無線
・速度計測器
※違反車にレーダーなど当てて測定するのではなく、ロック機構付のスピードメーター。
同じ速度で走って違反速度になったらロックする。
・足でON-OFFするサイレン
・救急キット
・警棒 (billy club と言う単語でした。なんのこっちゃと思いましたが辞書でしらべたら警棒だそうです)
・パトライト
・空気入れ
・消火器

オマケ

ハーレーダビッドソンミュージアム #050

1916 MODEL J WITH PAKCAGE TRUCK, F-HEAD V-TWIN

20世紀初頭は、郵便配達の手段としては馬・馬車がまだまだ主力だった。

HD社は「馬よりも手間がかからず、効率的且つ早く配達できる」という点ででUSPS(US Postal Service, 米国の郵便局です)に売り込みをかけ、1916年までに4700台の売り上げを記録した。

ハーレーダビッドソンミュージアム #049

1939 MODEL G SERVI-CAR SIDE-VALVE V-TWIN

こちらもサービカー。

オーナーはジョン・スタントン氏でニューヨーク州のバビロン市にあるダッジ・プリマスというカーディーラーの経営者です。

彼もしくは従業員が修理が必要な顧客の家まで車のピックアップにこのサービカーを使用していました。

車を運転して修理工場に帰るのですが、サービカーをどうするか、というと、フロントにある牽引アタッチメントを取り出し、車のリアバンパーに取り付けて、このサービカーを引っ張って修理工場まで持ち帰っていました。

リジットフォークの下端からヘッドライトの上までぐるりとある棒が牽引用のアタッチメントです。
これが下端を軸に前に倒れて、上端部を車のリアバンパーに取り付けるわけです。
冬でも出動できるように大きな風防がついています。

別の角度から。

後ろ。

足元にも大きなレッグシールドが付いています。

こういったカスタムは日本では見ないので、他と似たようなスタイルは嫌な人にはアリかも知れないですね。

ハーレーダビッドソンミュージアム #048

1932 MODEL G SERVI-CAR SIDE-VALVE V-TWIN

2010年の米国モデルからはトライクがラインナップされましたが、これはその元祖。

1932年に生産開始以降41年間生産が継続したというので、私が生まれたときも現役だったんですね。
これだけ長寿のモデルはあとはスポーツスターのみだそうです。
他のサービカーの紹介のところでも書きましたが、大恐慌の不景気の中、このサービカーだけは商用や官用に根強く支持され、HD社の存続に寄与したとの事。

ハーレーダビッドソンミュージアム #047

1936 EL OHV V-TWIN

ハーレー・ダビッドソンと言われて誰もがイメージするのが、このELのスタイルだろう。
原文を直訳すると「ELはハーレーのアイコン(聖像)である」ですが、向こうの文化知らないとナンノコッチャなので思いっきり意訳しました。

低くデザインされたフレーム、流れるようなフェンダーのデザイン、涙型のタンク、そしてこのバイクの心臓、61cui (1000cc) のナックルヘッドエンジン、などなどクラシックバイクたる要素がふんだんに盛り込まれている。このOHV 空冷V-TWINエンジンは、以降ハーレー・ダビッドソンのスタンダードとなっている。

ナックルヘッドの開発にはかなりの費用がかかり、一時この開発プロジェクトを止めようという話もあった。

結局は市場にリリースされたが、(それほど利益が出ない、もしくは赤字のため?)ディーラーには積極的に売らないように通知があった。

HD社の気持ちとは裏腹に市場の受けは上々で、2年のうちに生産は倍増してしまった。

初めてお目見えした「フライング・ホイール」のタンクロゴ。

色違いのタンク

ハーレーダビッドソンミュージアム #046

1933 VLD SIDE-VALVE V-TWIN

別でお同じ年式のVLDのサイドカー付きを紹介していましたので、2車目です。

大恐慌のさなか、1933年という年は、おそらくHD社にとって一番暗雲立ち込めた年だっただろう。
二輪車の価格は実際下落してしまった。HD社は新モデルの開発は出来ない状況に陥った。
その代わりと言ってはなんだが、塗装の変更などで若干の目新しさを出すなど、販売増の努力をしていた。
1933年モデルには、アールデコ調のデザインが盛り込まれ、特にタンクにペイントされた鷹の頭のデザインの受けは良く翌年の販売は3倍増になった。

ハーレーダビッドソンミュージアム #045

1925 JDCB F-HEAD V-TWIN

HD社の歴史の中でこのモデルが一つのターンニングポイントとなった。
低いフレームはハンドリング性能を、人間工学を考慮したハンドルとシートは快適性を向上させた。
このJDCBには「クラシックハーレーダビッドソン」をイメージさせる要素が沢山ある。
この新しいデザインに対する反応は時として熱狂的なものになった。
ある評論家は「ウェスタンモーターサイクリスト誌」と「バイシクリストマガジン誌」に「非常に上品なルックス」という賞賛を寄稿している。

ハーレーダビッドソンミュージアム #044

前回紹介したシリアルナンバー1から奥に進みます。

看板等の展示物。

1907 MODEL 3 ATMOSPHERIC-VALVE SINGLE

これは展示プレートがあったので意訳します。

1907年はHD社にとってはマイルストーン(節目)の年だった。
9月には初めての株を従業員や取締役メンバーに発行した。
その年の11月に、創始者たちはシカゴオートショーのブースを借り、5台のオーダーに対し30ドルの報奨金を付けてディーラーを募った。
1907年モデルは210ドル。給油一回で500マイル以上を走った。
共同創始者であるアーサー・ダビッドソン自身が、燃費テストがてらにこの1907年モデルにまたがり、ディーラー募集のためにニューイングランド州一体を巡った。

※マフラーは騒音低減のためにカットされている。
バルブはレバーで操作可能。
※ガソリンとオイルタンク容量は、ガソリン1.5ガロン、オイル2.5クウォート。 フレームに金属製のストラップで装着されている。
※Sager製のフォーク。初めて緩衝バネを内蔵した。

チャリ
Model 20-LX の広告。

中身をみるに Model 20-LX とは純正オプションのサイドカーの事か。
”弾丸”形状のサイドカー。250ドルって上のモデル3が220ドルと書いているので本体より高いってことでしょうかね。