ハーレーダビッドソンミュージアム #057

1927 MODEL S “PEASHOOTER” OHV SINGLE

1927年には350cc単気筒のレーシングクラスが作られた。
HD社はそのクラスにModel S を投入した。
ニックネームはエンジン音のポッポッポッと言う音にちなんで “Peashooter” (豆鉄砲)。
また、テレスコフォークを装着した始めてのバイクでもあります。

ハーレーダビッドソンミュージアム #056

1926 FHAC TWO-CAM RACER F-HEAD V-TWIN

ほとんどのレーシングバイクがそうであるように、FHACは流れるような形状を持ち、そして出来るだけ軽量化されている。
ミッションも無ければ、ブレーキも装備されていない。そしてスターターも無いため、他の車に牽引されないと始動出来なかった。
(ミッションが無いから押しがけもしんどいんでしょうね)
他、テーパー形状の冷却フィン、細くて軽量化されたフロントフォーク、ピットイン回数を減らすための幅広タンクなどの特徴がある。

ハーレーダビッドソンミュージアム #055

二階の左奥はレーサーやヒルクライマーが展示されています。

全体的に薄暗いつくりになっていますので、写真の出来栄えがイマイチな点にはご容赦を。
この辺はボードトラックレースのレーサーの紹介。
ボードトラックレースというのがどんなレースかはどこかで紹介したいなと思いますが、待ちきれないとか、ここには期待しないという人はググって見てください。

そんでは上の写真で左から順に。

1924 FH TWO-CAM RACER F-HEAD V-TWIN

FHレーサーはレースの技術を公道バイクに導入した初めてのバイクのうちの一台である。
エンジンは有名なデザイナーのハリー・リカルドによってレース用エンジンをベースに開発された。
燃焼効率をあげるためベストの混合気が出来るよう、ユニークなシリンダー形状をしていた。
フレームは Board tracks とか、Motordromes として知られる woo???speedways 用(*1)に開発された。
*1 フラッシュの露光のため???のところは読み取れなかったのですが、おそらくwoodenspeedwats = 木製のレースコースかと思われます。Board track = 板のトラックで Wikipedia の英語版に説明があります。
http://en.wikipedia.org/wiki/Board_track_racing

まさに最初の写真のようなトラックでのレースだったんでしょうね。

しかしながら1924年にボードトラックレースは終了してしまった。
コースメンテもしづらく、補修不能な状態になり、時には死に至る事故が立て続けに起きたためだった。

続く

ハーレーダビッドソンミュージアム #054

1942 MODEL U WITH SIDECAR SIDE-VALVE V-TWIN

このモデルUは湾岸警備用に米国海軍(Navy)から受注した。
当時約88,000台ものハーレーが米国軍用に製造されたが、モデルUはわずか40台作られただけだった。
装備はブラックアウトライト、サイレン、空気入れ、そして「目録(nomenclature)バッジ」・・・言うなればオーナーズマニュアルのようなもの・・・がガスタンクの上にマウントされていた。

これで二階、入り口から入って右側のブースの紹介は終わりです。
次回からは左側奥のブースの紹介。
二階は左手前、左奥、中央、右側に分かれており、左奥の紹介が終われば一階の紹介に移っていきます。

ハーレーダビッドソンミュージアム #053

1942 XS WITH SIDECAR OPPOSED TWIN

二次対戦中、北アフリカや他地域での砂漠戦に備えて米軍はXSの開発を依頼した。
持ち前のパワーとトラクションで砂地での走行を可能とし、砂と猛烈な寒暖差にも耐えられるような装備をしています。
米軍がオーダーをキャンセルする前にHD社は3台のプロトタイプXSを生産しました。
米軍は四駆のジープを砂漠戦に採用することに決めたためです。
この展示のXSは3台の中から唯一現存する一台です。

ちなみに同じ水平対抗で以前紹介したのはXSではなくXAで、これは量産ベースで生産されていたようです。

両車比べるとXSのタイヤのほうがゴッツイです。

XAは完車状態ではありませんが、最近のe-bayにも出品されており、8000ドルで落札されていました。

http://cgi.ebay.com/ebaymotors/Rare-1942-XA-Harley-Davidson-Military-Shaft-Drive_W0QQitemZ270463127231QQcmdZViewItemQQptZUS_motorcycles?hash=item3ef8dbcebf

(2009/10/11現在:リンク切れていたらゴメン。画像はきっちりコピらせていただきました)

ハーレーダビッドソンミュージアム #052

1942 WLA SIDE VALVE V-TWIN

この辺は昔Goggle誌の船場の広告みてゾクゾク感じていたモデルです。
ある意味ひとつの完成形でしょうね。

民間用のWLに対してアーミーモデルとしてWLAがリリースされています。
前輪には銃が装備されていますが、そもそもWLAは戦闘用ではなく移動・輸送用として配備されていましたので、銃もあくまでも護身用です。
HD社はおよそ六万台のWLAを生産し、1/3はロシア軍に供給されました。

(って言うことはロシアを探せばWLAが手に入るかも?)

HD社はその貢献に対し”E賞”(原文は E Award です。どのくらいすごいのかは不明) を 1943, 44, 45 年の三年連続、米軍から授与しています。

ハーレーダビッドソンミュージアム #051

1936 VLH POLICE SIDE-VALVE V-TWIN

1936年はナックルヘッドをリリースした記念すべき年だったが、HD社はこの新モデルが本当に売れるかどうか、自信が無く、フラットヘッドパワーエンジンの生産は継続していた。
※別でも紹介していますが、サイドバルブエンジンの耐久性に定評があったため各警察組織が好んだ、と言うのと、ナックルは販売当初赤字製品だったので積極的に売り込みをしなかった、と言う話もあります。

このモデルにはハイウェイパトロールのために以下のアクセサリが特別装備されていました。

・無線
・速度計測器
※違反車にレーダーなど当てて測定するのではなく、ロック機構付のスピードメーター。
同じ速度で走って違反速度になったらロックする。
・足でON-OFFするサイレン
・救急キット
・警棒 (billy club と言う単語でした。なんのこっちゃと思いましたが辞書でしらべたら警棒だそうです)
・パトライト
・空気入れ
・消火器

オマケ

ハーレーダビッドソンミュージアム #050

1916 MODEL J WITH PAKCAGE TRUCK, F-HEAD V-TWIN

20世紀初頭は、郵便配達の手段としては馬・馬車がまだまだ主力だった。

HD社は「馬よりも手間がかからず、効率的且つ早く配達できる」という点ででUSPS(US Postal Service, 米国の郵便局です)に売り込みをかけ、1916年までに4700台の売り上げを記録した。

ハーレーダビッドソンミュージアム #049

1939 MODEL G SERVI-CAR SIDE-VALVE V-TWIN

こちらもサービカー。

オーナーはジョン・スタントン氏でニューヨーク州のバビロン市にあるダッジ・プリマスというカーディーラーの経営者です。

彼もしくは従業員が修理が必要な顧客の家まで車のピックアップにこのサービカーを使用していました。

車を運転して修理工場に帰るのですが、サービカーをどうするか、というと、フロントにある牽引アタッチメントを取り出し、車のリアバンパーに取り付けて、このサービカーを引っ張って修理工場まで持ち帰っていました。

リジットフォークの下端からヘッドライトの上までぐるりとある棒が牽引用のアタッチメントです。
これが下端を軸に前に倒れて、上端部を車のリアバンパーに取り付けるわけです。
冬でも出動できるように大きな風防がついています。

別の角度から。

後ろ。

足元にも大きなレッグシールドが付いています。

こういったカスタムは日本では見ないので、他と似たようなスタイルは嫌な人にはアリかも知れないですね。

ハーレーダビッドソンミュージアム #048

1932 MODEL G SERVI-CAR SIDE-VALVE V-TWIN

2010年の米国モデルからはトライクがラインナップされましたが、これはその元祖。

1932年に生産開始以降41年間生産が継続したというので、私が生まれたときも現役だったんですね。
これだけ長寿のモデルはあとはスポーツスターのみだそうです。
他のサービカーの紹介のところでも書きましたが、大恐慌の不景気の中、このサービカーだけは商用や官用に根強く支持され、HD社の存続に寄与したとの事。