ハーレーダビッドソンミュージアム #031

1946 FL OHV-VTWIN

“FL” ですので74ci(1200cc)ですね。このモータを積んだナックルの初出は1941年です。
この以降FLの名前は現在のモデルまで引き継がれていますが、EL, FL, と来たならG, H, I ・・・って行っても良さそうですが。

二次大戦の影響で1941-1946年の間の変更はほとんど無かった。
(別のプレートには大恐慌の影響で変更をしなかったと書いてありましたが。)
せいぜい色、エンブレム程度。
ようやく大戦が終わり、戦争向けのバイクやトラックのウィンチのトランスミッション、B29用の部品などの生産もしなくて良くなったことから、改めて大衆向けのバイク開発に注力できるようになった。

ハーレーダビッドソンミュージアム #030

1942 XA OPPOSED TWIN

私もここに来るまで存在を知らなかったのですが、水平対抗エンジンのハーレー。

展示プレートによると、二次大戦時に砂漠戦用に政府から発注されたもののようです。
ドイツ軍は既にBMWの砂漠戦仕様を北アフリカ戦線に投入しており、対抗の開発が必要だった。
エンジンは放熱性に優れる水平対抗。
オイルの潤滑はウェットサンプ。
二次ドライブはチェーンでもベルトでもなく、砂塵に強いようシャフトドライブ。
シャフトの回転モーメントによる偏りも対策済み。

・・・これってBMWのパクリじゃぁ・・・

ハーレーダビッドソンミュージアム #029

1941 FL WITH 41M PACKAGE TRUCK OHV V-TWIN

サイドカーならぬサイド荷台付のナックルです。
この荷台オプションはデリバリーサービス向けに1915-1957年の間に製造されていました。
写真のような”SPEEDY DELIVERY”のプレートはオーナーが独自に取り付けたものです。

ハーレーダビッドソンミュージアム #028

1940 EL OHV V-TWIN

ナックルヘッドの登場はこれに先んじて1936年なのですが、当ブログではこのモデルにて初登場となります。
“EL” ですので61ci(約1000cc)のエンジンですね。

展示プレート意訳:

この1940 ELには内機・外装ともに沢山の変更点がある。
まず、キャブレターマニホールドが大きくなり、シリンダーインテークの開口部が、このナックルヘッドエンジンをよりパワフルにしている。
スタイリングのディテールでは、ガスタンクのメタルエンブレム、優美なツールボックス、丸いエアクリーナー、クランクケース上のリブ、D形状のフロアーボードなどの変更が見られる。

ハーレーダビッドソンミュージアム #027

1939 ULH SIDE-VALVE V-TWIN

以下原文訳

大恐慌中はHD社はリサーチや開発に投資をする余裕がほとんど無かった。
その結果、この時期の変更点は外観だけのマイナーなものだけになっている。
このバイクの注目点はスタイルのディテールにある。
この前のモデルのULH スポーツはツートンの塗装のみだったが、このモデルには塗装の境目にセパレートラインを描いている。
その他の変更点はキャッツアイのダッシュパネルとフェンダー上のステンレスのストライプなど。

ハーレーダビッドソンミュージアム #026

1938 WLD SIDE-VALVE V-TWIN

1930年代は、HD社はWLDのようなサイドバルブフラットヘッドモデルの安定した販売に信頼を置きつつ、OHVのナックルヘッドエンジンを徐々に市場展開し始めた。
移行のさなか、ELに採用されたような丸型タンクや流線型のパネルなどがWLDにも流用された。

ハーレーダビッドソンミュージアム #025

1937 UH SIDE-VALVE V-TWIN

長引く大恐慌の中でもUHはフラットヘッドパワーと言う旧タイプでありながら堅調に売れるモデルとして残っていた。
新機種のナックルヘッド、ELの売り上げも回復しつつあり、UHの見た目のほとんど、特にダブルループフレームなどELに酷似しているのが、その理由だろうか。
1937年モデルには初めてHD社の労働組合の標章が記載されている。
労働者はフォーラムで彼らの意見を正式に述べる事が出来るようになったし、時給10セントの増額、一週間の有給休暇の権利を得ることが出来た。
組合との関係はHD社の成功に寄与するほどのパートナーシップまで発展した。

ハーレーダビッドソンミュージアム #024

1936 VLH SIDE-VALVE V-TWIN

以下展示プレート原文訳です。

VLHなどのフラットヘッドモデルも1930年代まで継続して生産されていた。
主に、例えば白バイなど商用社としての需要が充分あったためだ。
HD社の競合、インディアン社も同様にフラットヘッドタイプのエンジンを重視していた。

ハーレーダビッドソンミュージアム #023

1935 MODEL R SIDE-VALVE V-TWIN

以下展示プレート原文訳です。

モデルRは1929年に発表された45ci(45立方インチ=750cc)のサイドバルブ、モデルDを元にした直系の子孫である。
1930年代中ごろ、多くのディーラーがHD社に対して45ciのエンジンでは遅すぎるとクレームした。
その回答としてHD社は改善を盛り込んだエンジンを搭載したモデルRをリリースした。
またとある秘密兵器も平行して開発中だった
この翌年1936年には強力な61ci(1000cc)のナックルヘッドが発表されることとなる。

結局のところこの展示プレートにはモデルRが45ciのまま、なんらかの改善をしたのか、それとも45ciから排気量アップなのかと言うことは書いていませんでしたが、 Wikipediaによると、80ci(1340cc)のモデル云々の記述ありますのでサイドバルブで排気量アップしたのがこのモデルRではないかと思われます。

ハーレーダビッドソンミュージアム #022

1934 VLD SIDE VALVE V-TWIN

以下展示プレート翻訳

大恐慌の間、数年におよぶ販売低迷の中、1934年はHD社の歴史の中で脚光を浴びる年となった。
この年、斬新な外観とパワフルなフラットヘッドエンジンが大当たりし、11,000台の販売を達成できた。
これは前年の3倍にあたる。
NRA(National Recovery Act 国家再生法?)により、解雇していた従業員を再雇用できることとなった。