ハーレーダビッドソンミュージアム #073

1960 MODEL A TOPPER HORZONTAL TWO-CYCLE SINGLE

知っている人は知っていますがHD社もスクーターを作っていました。
若い世代の購入層をターゲットにTVドラマのサンセット77(77 Sunset Strip)で知られる俳優の Edd “Kookie” Byrnes を雑誌広告のモデルに採用しています。
低めの重心、シフトチェンジなしの “Sccotaway” ドライブでトッパーの運転は非常に簡単なものでした。
燃費は100マイル/ガロン。

写真が少なかったので・・・愚息も写っていますが、後で各バイクに跨がれるコーナーもあり、そこで別のトッパーがあったので写真追加。

参考・サンセット77

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%83%E3%83%8877

http://www.youtube.com/watch?v=Ew2Xf2oJCdw

ハーレーダビッドソンミュージアム #072

1981 NOVA TOURING OHC V-FOUR

ハーレーの中では異色中の異色じゃないでしょうか。
V4なのでV45マグナあたりを意識したのかと思いきやマグナは1987年の発表ですので、こっちのほうが先か。
このモデルにはカンパニーにとって沢山の「はじめて」が盛り込まれています。

・4気筒
・チェーンドライブのOHCカム
・水冷

実は写真のバイクは木やプラスチックのモックパーツだらけで、いわゆるプロトタイプです。
この時期カンパニーは経営的危機に陥っており、結局量産が始まる前にこのモデルは廃止になっています。
もしかしたらこの時期の経営課題が無ければエボの誕生はなく、ショベルでOHVは潰えていたかも知れません。
企画がオシャカになってヨカッタヨカッタ・・・

ただし、このバイクで得たノウハウはきちんと後世のモデルに生かされているとの事です。

ハーレーダビッドソンミュージアム #071

1957 XL SPORTSTER OHV V-TWIN

ようやくスポーツスターの登場です。
蛇足ですが、スターを星のSTARと混同している人がいますが、スポーツスターはSTERと言う”~する人”、と言う接尾語で、スポーツする人のって言う意味になります。
ちなみにユーノスロードスターはSTER,(道する人?意訳して旅人?)
ヤマハのロードスターはSTARなので道に輝く星とでも訳しましょうか。

このXLは昨日紹介したKモデルの置き換えとしてリリースされました。
英車の北米マーケットへの侵食はより深刻さを増し、ライトウェイトクラスでの対抗馬として開発されています。
エンジンもOHVで新規設計されており、Kモデルに比べてよりパワフルになっています。
スポーツスターファミリーは1957年にデビューしてから今に至るまで、ハーレーの中では一番長く続いているモデルです。

・・・と展示ボードには書いていましたが、広義で言えばビッグツインファミリーのFLシリーズだって41年から続いてんじゃんと思ったりするんですが・・・どっかで途切れたのかな?

ハーレーダビッドソンミュージアム #070

1954 KH SIDE-VALVE V-TWIN

名前こそ冠されていませんがスポーツスターの魁(さきがけ)とも言うんでしょうか。
エンジンはまだサイドバルブですがクランクケースの意匠はいまのスポーツにも通じるところがある気がします。
1953年末に発表されていますが、モデルイヤーは1954年で、位置づけは50周年記念モデルです。

この試金石となる年に発表されたバイクは「アニバーサリーイエロー」と呼ばれる黄色のペイントが施されていました。
この年の華やかな記念式典の影にもうひとつ考えさせられる出来事が起こっています。
かつてはカンパニーのライバルであったインディアンが1953年にその歴史を閉じています。

1954年にはカンパニーはアメリカで唯一の二輪メーカーとなり、英車の席捲に唯一対抗しえたメーカーとなってしまいました。

ハーレーダビッドソンミュージアム #069

1955 MODEL B “HUMMER” TWO-CYCLE SINGLE

これも2ストシングルです。排気量は125cc。
展示プレートの説明を要約するとMODEL Sはこの時代165ccになっていたので、ライトウェイトモデルと言うことでリリースされたようです。
燃費は100マイル/ガロンと言うことなのでSI単位に直すと 38km/l でしょうか。
日本車並みに良いですね。
ハマーと言う名前はネブラスカにあるディーラーのオーナー、ディーン・ハマーにちなんで付けられたそうです。
彼の店がこの時代ライトウェイトモデルの売り上げが一番良かったため。
ハマーの名前が冠せられるのは1955-1959年に作られたMODEL Bのみだそうです。

ちなみにハマーはe-bayなどでもちょくちょく売りに出されていて、3000ドルくらいが落札価格の相場ですので、ビンテージとしてはお値ごろになっています。
私も何度かBIDボタンを押しそうになりました。
ナックルとか買いあさるより、この辺をターゲットに輸入販売する業者いても良いのにな、と思いますが。

ハーレーダビッドソンミュージアム #068

今回からは一階の展示です。

1948 MODEL S TWO-CYCLE SINGLE

標記のとおり2ストの単発です。排気量は125cc。ニックネームも排気量のとおり”125”です。
発音はどうでしょうか、ワン・ツー・ファイブ?ワン・トゥエニーファイブ?
モデルSのSは”small”のイニシャルからとっています。
女性や、若者、通勤用、もしくはビッグツインが買えない購買層をターゲットに開発されました。
発売の1948年には売り上げは一位、ウィリアム・ダビッドソン社長は株主総会で、
「新車販売開始の1年でこんなに楽しめた機種はいまだかつて無い」
と絶賛したそうです。

これ、このままのコンセプトで復刻しても十分売れますね。
エンジンの設計からだとコストかかると思いますが、エンジンだけでもどこかからOEM受けたりして。
限定解除厳しい時代の日本だったらバカ売れでしょう。

ハーレーダビッドソンミュージアム #067

二階最後の展示です。

この画像は雑誌やウェブでも見たことがあるんじゃないでしょうか。
タンクデザインのすべてでは無いと思いますが・・・
この廊下の先は立ち入り出来ないようになっていましたが、特別展示とかあるとオープンになるのかな?

ハーレーダビッドソンミュージアム #066

こちらは展示プレート撮り忘れました。

おそらくサイドカーレースの展示だと思いますが、これって、ハーレーじゃないですよね?
エンブレムもインディアンですし、エアクリっぽい丸も左側に来ているし・・・

ハーレーダビッドソンミュージアム #065

1935 VLD HILLCLIMBER SIDE-VALVE V-TWIN

このVLDによって非常に有意義な物理学的アプローチをする事が出来た。
延長されたフレームによって、安定性を増し、操縦性が高まり、ライダーが後方に振り落とされそうな危険性も無くなった。
タイヤチェーンはトラクションロスを少なくし、丘を駆け上る為の動力伝達を助けた。
そのような長所を持っていても、多くのライダーはクラッシュし、リタイアしていった。
クリティカルな事態に陥った場合はキルスイッチが作動した。
革製のリストストラップはマグネトーに接続され、ライダーが落車すると自動的に点火しなくなる仕組みだった。
そうでもないと乗り手のいないバイクは見物人や他のレーサーを巻き込んでしまうからだ。

ヒルクライマーは以上の4台で終わりです。

二階の展示レポートもあと二日で終了。

以降は一階の展示になります。

ハーレーダビッドソンミュージアム #064

1932 DAH HILL CLIMBER OHV V-TWIN

ヒルクライムがダートラよりも人気が出るにつれ、HD社専属レーサーのジョー・ペトラリも、ますます優秀な成績を収め始めた。
彼は1930年代に5連続でナショナル・チャンピオンシップで優勝した。
彼が1932年のレースで栄冠に輝いた時に乗っていたバイクは展示のバイクのようだった。
オリジナルのエンジンは1929年に発表された45cuiのOHVだが、それからはかなりモディファイされている。